彼は幼い頃から活発だった。
枝ぶりは力強く、胴回りも立派だった。
彼はもっと成長したいと思った。
高く広く枝を伸ばし、たくさんの葉を何層にも重ね、地中深く根を伸ばした。
彼には多くの光が注がれた。
仲間達は、少しづつ彼との距離を広げていた。
彼との競争では、光も水も得られないからだ。
でも彼にはそれは喜びだった。
誰よりも立派に成長している自分が誇らしかった。
ある嵐の夜。
彼の体は強い雨風に大きく揺さぶられた。
雨を受けた枝はとても重く、撓るたび悲鳴を上げた。
その瞬間、光とともに大きな音が鳴り、激しい痛みが走った。
突然目の前が真っ暗になり、彼は気を失ってしまった。
気が付いた時、彼は太陽の光を浴びていた。
それは、強く、痛く、まぶしい光だった。
彼の枝は根元から折れ、彼は自慢の枝や葉を全て失っていた。
棒のような体に光は容赦なく注がれ、枝葉のない空は広く、ぽっかりと空いた空間で、彼は大地に刺さる棘となった。
大きな傷と激しく痛んだ体は、もう成長することがない。
悲しかった。
たくましかった自分はもういない。
恥ずかしかった。
枝も葉もない姿を皆にさらした。
彼は自分を醜いと思った。
成長したいと願うことは間違いだったのか?
彼は嵐を恨んだ。
もう昔の自分に戻ることは出来ない。
自分が弱く思えた。
弱い自分が、悪いことのように思われた。
疲れと痛みで精神は混乱し、彼は長い眠りについた。
ある時、彼は夢を見た。
誰かが自分の体を撫でている。
その眼はやさしさとあこがれに満ちていた。
「立派な木」そう聞こえた。
夢うつつの中で彼は思った。
そんなはずはない、私は変わってしまった。
それからどれくらい経ったろう。
嵐のことは遠い記憶となり、彼の傷も少しづつ癒えていった。
今でもあの嵐のことを考えるが、肝心な所は記憶から消されているようで霞がかかって思い出せない。
それだけ深い傷だったのだ。
彼が思うのは、あの時、あの嵐の中で、もし私でなければ、こんな風にはならなかったかも知れないということだった。
その時、彼は突然気が付いた。
私が私だったからこそこうなったのだ。
そのことに良いも悪いもない。
成長するときに暖かい光が力を与えてくれたように、激しい嵐が私に触れただけのこと。
そして、成長しようとした私も、傷ついた私も、私は私で何一つ変わっていないのだ。
彼は自分を受け入れ始めた。
彼には色々なことが見えてきた。
「私の足元には花が咲き、新しい木の芽が芽吹いている。」
「私と無関係なようにふるまっているが、実は繋がっている。」
「私は彼らと同じ。」
彼の心は喜びであふれた。
いつしか大地の棘は、森の守りとなった。
ある日、一人の写真家が彼の前に現れた。
写真家は彼の体に触れ、やさしくあこがれるような目でこうつぶやいた。
「立派な木・・・」
そして何かを求めるようにカメラを構へた。
彼は思った。
ああ、あの夢は本当だった。
私はあの時から気付いていたのだ。
彼は大きな癒しに満たされ、静かに写真家を見つめた。
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