出会い
何年か前、Webの記事で見たイギリスの写真家Darren Moore(ダレン・ムーア)の写真に新鮮な衝撃を受けた。
Darren Moore の Daytime Long Exposure/PHOTO HACK(フォトハック) http://www.photohack.artplusjapan.com/?p=2189
幻想的でシュールな画風、時間が止まったような世界に強く惹かれ、長く印象が残った。
それが長時間露光との出会いであり、改めて写真に取り組むきっかけになった。
その後、NDフィルターで採光量を制限することや、撮影時間に10分以上をかけていることなど、断片的に情報を集め、試行錯誤しながら、だんだんと自分でも作品作りに活かせるようになった。
しかし日中長時間露光は、技法的な表現の方に偏りがちで、改めて美しい絵作りがしたいと思うようになっていた。
思いつき
写真展に向けての撮影にあたり、マイケル・ケンナの「Night Walk」という画集にある「Avonmouth Docks, Study No.6」という建物の写真を見ながら、逆光に立つ建物の写真に心惹かれていた。
マイケル・ケンナ公式HP https://www.michaelkenna.com/gallery.php?id=3
Avonmouth Docksは、イギリスのイングランド中部から南西部へ流れるエイボン川の河口にある港の一部らしい。
大胆に切り取られた影絵のような建物と筋のように流れる雲、建物は印象的な黒でありながら、外壁の素材が見て取れる部分を残し、単純な影であることを逃れている。そして建物内側からの窓明かりが鼓動のように美しく、いくつもの光のドラマが力強い存在感を与えている。いったいどのように撮影されたのだろう?
夜とはいえ空は工業港の照明に照らされているのかもしれない。
建物にも僅かに光が当たっていて、印象的な窓明かりは、室内照明ではなく、外から侵入した照明の反射のようにも見える。雲の筋は10分以上の露光時間を感じさせる。
そんなことを考えながら画集を眺めているうちに、一つの農業用倉庫のことを思い出した。
家から車で10分ほどのところにある巨大な建物で、田園風景の中に悠然と建っている。
日没の夕焼けに黒く聳えるお城のような構造物というイメージが浮かんだ。
すぐに紙にイメージをデッサンし、撮影に行く日を考えた。
5月18日、第1回目の写真展の打合せの日、福岡市から大川市に下り、清力美術館の知人の作品展を見た後に現場に行く。到着時間は大体17時くらいになるだろう。
そこから日没までの約2時間半を撮影時間と決めた。
私の道具
長時間露光で撮影するためには、NDフィルターが必須となる。
どれくらい遮光するかは、個人の好みだと思うがND1000くらいあると効果を感じやすいように思う。(私は主にND1000とND32000を使用している。)
フィルターは角形で、その他にハーフ(GND)フィルターを使っている。
角形フィルターは10mm四方と15mm四方の2種類、フォルダーも2種類使用している。
10mmのフォルダーはレンズの口径に合わせリングで装着する。15mmのフォルダーは、14-24mmの口径の大きい広角ズームレンズに特化した仕様となっている。
角形フィルターをセットするフォルダーには、PLフィルターをセットできるようになっていて、NDフィルターと併用し、偏光の具合を調整している。
水面を反射させるか、透過させるかは、絵作りには重要である。
次に暗幕。NDフィルターはフォルダーにセットすると光が入らないように加工されているが、ハーフフィルターは単純なガラスなので、切り口が光を拾ってしまい、ひどい時には、画面いっぱいに星のような粒点が写ってしまう。だから撮影時には必ず暗幕で覆っている。
ただしこの作業が結構面倒で、以前はクリップで止めていたが、時間がかかる上、暗幕が画面に映り込んでしまうこともあり、最近になってようやくフィルターの形に合わせた暗幕装置を自作して使用するようになった。今のところいい感じである。
露光時間の設定は、メーカーが出しているアプリ(NiSi ND Calculator)を使用。
フィルターなしのシャッタースピード(露光時間)から、NDフィルター装着後の露光時間を想定できる。この機能を利用して、装着するNDフィルターを指定した上で、狙いの露光時間にするために必要な(フィルターなしの)シャッタースピードを逆算している。
シャッターはピンターミナルに接続するリモートシャッターを使用。(リモートコード MC-30A)手元のロック機能でシャッターのON・OFFを調整している。
時間指定のもの買えばいいのだか、特に困っていないし最後は自分でシャッターを切りたい。あと三脚は、風にも強いがっちりしたものを使用している。
撮影手順
はじめに三脚にカメラをセットし構図を決める。
カメラのピンターミナルにはリモートシャッターを接続しておく。
そしてレンズ部分に角形フィルター用のフォルダーを設置し、PLフィルターの効果を確認。
必要に応じてハーフフィルターを取り付け、ピントを合わせてシャッタースピード(露光時間)を確認する。(被写体の確認は基本的にライブビューを使用)
次に、どのくらいの露光時間で撮影するかを決める。
そして、使用するNDフィルターから、「NiSi ND Calculator」でフィルターなしのシャッタスピードを逆算する。(例えば、ND3200を使用して10分間の露光時間で撮影する場合、フィルターなしのシャッタスピードは1/80くらいに設定するという具合。)
シャッタースピードはISOとf値で調整、ISO感度は100を基本に、f値は8~18程度で調整することが多い。
設定が決まったら、再度ピントを確認し、NDフィルターをセットするが、この段階で被写体は全く確認できなくなる。
次にマニュアル撮影のバルブモードに設定し、光の侵入を防ぐため、アイピースシャッターを閉じてファインダーを遮光する。
最後に暗幕を装着し、リモートシャッターをロックした状態でシャッターボタンを押し、撮影を開始する。
「NiSi ND Calculator」はタイマーになっていて、露光時間をカウントしてくれるので、カウント終了時にリモートシャッターのロックを解除して撮影終了となる。
メイキング①(撮影)
2024年5月18日、17時少し前に現場に到着。
太陽が西に傾き、建物の影に入り始めていた。これから約2時間が撮影時間となる。
雲は薄く、しかし適度に空を覆っていて、風が弱いせいかあまり動きがないように見える。
撮影道具を下ろし三脚にカメラを取り付ける。敷地に入れないので、道路から塀越しに建物を狙う。
レンズは、AF-S NIKKOR 24-85mm、フルサイズ対応の標準ズームを使用。
レンズの口径(フィルターサイズ)が72mmのため、角型ホルダーのフィルターサイズの82mmに合うよう口径をリングで調整した。
長丁場になるので椅子も準備、ちょっとしたキャンプ気分。真面目に、楽しくである。
17:06 テスト撮影1
まずはそのまま撮影し構図を探す。
トリミングも想定し、なるべく建物全体を入れる。
太陽が建物に隠れそのまま背後に沈んでいく。
日没前の数カットが本番となるだろう。
それまでに、テストを重ね露光時間を決める。
土曜日のため倉庫での作業は行われていないが、日が落ちてくれば、照明も灯るはずだ。
ISO100、f8、1/320秒 EV0
17:09 テスト撮影2(約5分)
角形フォルダーを装着し、PLフィルターで偏光具合を調整。さらにハーフフィルターで空を減光する。
雲の動きから、ND32000で5分程度の露光を試みたが、思ったより雲が潰れるようだ。
様子見なので暗幕なしなかった。直射日光は当たらないがやはり光の乱反射が映っている。
ISO31、f8、329秒 EV0
17:17 テスト撮影3(約2分)
約2分で撮影してみる。
雲の形は残ったが、写真としての印象は弱くなったような気がする。
ISO100、f8、132秒 EV0
17:22 テスト撮影4(約1分半)
さらに時間を短くしてみた。
約1分半。
どうやら雲は2層になっていて、高く遠くの雲は形状を残し、低い雲が筋のように流れている。低い雲の動きは思ったより早い。
ISO160、f8、83秒、EV0
18:07 本番撮影1(約1分)
本番の撮影に入る。約1分。
設定はあまり変えずに短い時間からスタート。暗幕を取り付け、光の侵入を防ぐ。
少し夕日に赤みが差してきた。
ISO160、f10、69秒、EV0
18:12 本番撮影2(約5分半)
続けて長い時間を撮る。約5分半
かなりイメージに近い。雲が流れる分、建物がシャープに見える。
また夕日が色付いた分、空も面白くなった。
ISO100、f16、343秒、EV0
18:22 本番撮影3(約1分半)
再び短い時間 約1分半
おそらく雲の配置が面白かったんだろう。雲の形を残したかった。
ISO100、f8、80秒、EV0
18:28 本番撮影4(約17分)
ここまでの結果から、少し思い切った時間で撮ってみることにした。約17分。
これまでより絞り込んだせいか、地平の山もしっかり撮れている。また、日没に近づいたことと、空がグラデーションになったことで、建物のコントラストも際立って見える。
今日一番だろう。
ISO50、f18、1025秒、EV0
18:51 本番撮影5(約28分)
だいぶ日も落ちて明かりが必要なくらいの暗さになった。最後の撮影に入る。約28分。
光は拾ったが、空の効果はイマイチ。建物や地面にもノイズが出る。
コントラストもかえって弱まった。空と建物の明度差がなくなってきたせいだろう。
ISO100、f18、1658秒、EV0
露光時間や設定を変えながら約2時間の撮影だった。
結果として、18:28に撮影した本番撮影4(約17分)を現像工程に進めることにした。
メイキング② (現像・レタッチ)
RAW現像
撮影画像をLightroom Classic(ライトルームクラシック)に読み込む。
読み込んだ画像をPhotoLab(フォトラボ)にエクスポートしてRAW現像を行う。
RAW現像が終わったら、再びLightroom Classicにエクスポートして保存する。
※この段階でTiff画像となる。
レタッチ
Lightroom ClassicのTiff画像を、Nik Silver Efex(ニックコレクションのシルバーエフェックス)で開く。 ※ Silver Efexはモノクロ処理に特化したレタッチソフト
プラグインなのでLightroomのメニューからSilver Efexを選択し、「Tiff画像をコピーして編集」で開く。 ※Raw現像した元のデータはそのまま残す。
Silver Efexで開いた画像は、モノクロ状態なので、プリセットなど活用しモノクロ状態で仕上がりをイメージしながら画像を調整する。
Silver Efexのマスク機能を使い、部分的にカラーを戻しながら、全体を調整する。今回は黒の幅を広げるとともに、コントラストを上げ印象的な仕上がりになるよう調整を行った。※ Silver Efexはモノクロの処理ソフトだが、カラー情報を保持しているので、例えば青い空に赤いフィルターをかけることで、モノクロ上で暗い空を表現することも可能である。
Silver Efexの画像を保存すると、自動的に Lightroom ClassicにTiff画像として保存される。※必要に応じて処理プロセスも保存できる
完成 「米の城」 ISO50、f18、1025秒、EV0
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